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(記憶喪失になったとき用)パラドックス定数のこと

 これは、私が将来記憶喪失になったときに備えて、いかにしてパラドックス定数のことを知り、いかにしてむちゃくちゃになっていったのか、について記録しておくものです。

 以下の内容が含まれます。

パラドックス定数とは何の関係もない、私自身のこと

・2020年10月~11月に行われていたyoutube無料配信の作品群(パラドックス定数オーソドックス)の内容に関わる話、ネタバレ的なものを含む

・テアトルプラトーの有料配信作品群(5本)の内容に関わる話、ネタバレ的なものをなるべく含まない(むちゃくちゃ長くなりそうなので有料配信については記事を分けます)

www.xcream.net

 ほかのことも含まれます。

 何にどのくらい気をつけたらよいのかわかっていないところがあるので、もしうむむと思うところがあれば教えていただけるととっても嬉しいです。公開済み映画のネタバレとかも、それで楽しみが損なわれるのがほとんど明らかな場合、私はなるべくしないでほしいな~派なので…

 

1.パラドックス定数以前に観たことがあったものなどのこと(~2020年11月)

 この段にはパラドックス定数のことはひとつも書いていないので飛ばしてください。自分の記憶用です。

 隣接したジャンルには決して触れていなかったわけではないものの、それでも演劇というもの、私向けではないな…と、本当にわりとずっと思っていました(今もまだちょっと思っています)。理由としては、ジャンルとしてのヒューマンドラマやコメディが媒体を問わずあんまり得意じゃないこと(そして演劇、ジャンルとしてそのような内容のものが多そう、とぼんやり思っていたこと)、人間の顔を見分けるのが本当に苦手だったこと(多少改善されはしたものの今もたぶんそこそこの苦手です)、あと普通に目がめっちゃ悪いことなどが挙げられます。

 とはいえ、2015年くらい(うろおぼえ…初めて見たのがあつかしトライアルなのは確かです)からほぼ定期的に2.5の円盤を見させてもらったりしていたので、舞台作品に全く触れてなかったということはないのですが、これは知ってる好きな原作・キャラクターであることが確約されているし、円盤だから遠くて見えないなどのことがなかったので……あと原作付きではないけどClub slazyはドラマをやっていたときに瞬間的に激しく好きになった覚えがあります。太田さんの写真集も1冊持ってる。でもこのときはどっちかというと踊っている人間を観るのはおもしろい!に落ち着いたんだったような気がします。

 また2018年頃から実写の映画やドラマなどを見れるようになって、人間の顔を見分けることは前よりもずっとできるようになりましたし、そもそも実写作品を見れるんだな私も!という気持ちになりつつあるところでした。あと2019年はそういえば2回KAATに足を運んでいました。2分間の冒険はギミックもおもしろいし絵本みたいで、そもそも岡田淳のファンなので、メインターゲットであるところのこどものことをすごくよく考えてあってすごい!と思った覚えがあります。パリのアメリカ人はたぶん一番大きいホールの2階だか3階の席だったので、大勢が踊っているところとか舞台美術全体が上から綺麗に見えてすごくよかったけど、話展開が全然好みじゃなくて、遠くて顔とかはほとんど全く見えなくて、でもすごい好みなタイプのピアノを弾く狂言回し的おにいさんがいたのは覚えています。

www.kaat.jp

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 並べてみるとどこかで、うわ!舞台芸術というもの、全体的におもしろいのでは…?と思ってもよさそうだな、と思わないでもないのですが、それより前だと小学校とか中学校の芸術鑑賞会まで遡るし、そういうところで見るもの、道徳の教科書みたいな中身で、全然好きじゃないタイプのものが多かったという記憶があり、と思うとそのくらいの頃のおもしろくないじゃ~んという気持ちをずっと引きずってしまったのかもしれない…もったいないことだ…今観たらまたおもしろいと思うのかもしれないけどこどものときはもっと目が悪かったのでほとんど何も見えなかったなという記憶ばっかりです。よくない。

 

2.パラドックス定数オーソドックスの無料配信(2020年11月)

 パラドックス定数、という劇団の名前はまったく聞いたことがありませんでした。が、骨と十字架というタイトルには、なんとなく聞き覚えがありました。

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 なんとなく、洋画とか韓国映画とかあととにかくジャンルを問わず巨大感情を嗜むひとびとが話題に挙げていたからだったと思います。そのころ映画館で映画を観るというたのしみを覚えつつあるところだったので、はじめ映画かと思っていて、演劇なのか、それはいくらおもしろそうといえどもちょっと敷居が高すぎますわ(わかんないけど席が全然取れなかったりめっちゃ高かったり平日しかやっていなかったり物語のコードがわからないと楽しめなかったりするんでしょう……と思っていました。もしかしたら可能だったかもしれないのに。激しく悔やまれる。偏見があると本当によくない)と思って断念した覚えがあります。しかもなんか人間が二人同じ服を着て立っているファンアートを観たような覚えがあって二人芝居だと思い込んでいたのだけど、それはどうもタージマハルの衛兵と混同してもいたようでした。

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 どっちも今となってはもうものすごくむちゃくちゃ観たい。絶対好き。すべてが激しく悔やまれます。演劇ってこういう、逃したらもう二度と見られない、というのがほんとにくるしいなと思うけど、でもだからみんな何をうち捨ててでも見に行くのかな…と思っています、わからないけど……

 

 パラドックス定数とか、野木萌葱というなまえには、そのようなわけで聞き覚えもなかったところですが、たしか10月のはじめころ、配信の始まるまえに、骨と十字架の脚本家の劇団だよ、ということでおすすめのツイートが流れてきていて、うわ!それちょっと気になるかも!と思ってブックマークだけとりあえずしていました。

 (実際に流れてきたツイートはこのツイートを引用RTしたものです。個人の方のツイートを勝手に貼るのいいのかわからないので劇団のツイートを貼りますがほんと流してくれた方々には感謝してもしきれない。ほんとにありがとうございます。)

 

 配信開始日ころにはすっかり忘れており、あ、そういえば10月なかば頃始まるんだった、とぼんやり思ってはいたんですが、たぶんそのままだったらそのまま11月末までぼんやりしており、あ~過ぎてしまったな……となるところだったと思います。

 11月頭頃、お友達と話していて、そういえばパラドックス定数という劇団が…という話になり、それじゃあ最初のとこいっしょに見よう、と思って、チェス(後述)のさわりのところだけ観たんですが(これもほんと感謝してもしきれません。ありがたい…)、チェスの最初のところって暗くて何が起きてるかよくわからないし、喋らないし、で、そのときはそれ以上観ることはなく、でもちょっとだけ観て放置しておくの、なんかいやだし、映画むちゃくちゃ楽しめているのだから演劇もきっとある程度たのしめるはず、でなくても履修しておけば映画を観るときの解像度も上がるはず、だから、修行だと思って……と思って次の日(11/4のことでした)、続きから再生して、衝撃的なくらいあまりにも好きすぎるタイプの人間と人間の感情の縺れだったので、うわ、これ、もう、だめだ、好きだ……と思って、次々と配信作品に手を伸ばし、それがまたどれもこれもものすごくおもしろくて、うわ~~うわ~~と思っているうちに11月いっぱいをパラドックス定数の深い沼に滑り込むために使い切っていたのでした。

 以下、見た順にさらっと配信作品についてです。

○Nf3Nf6(観た日:11/4)

 

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 第二次大戦末期、ドイツのどこか。部屋の中にはチェスセットの置かれた机と、それを挟んで2脚の椅子。舞台の上にはそれだけ。(服装からしてたぶん)ナチスドイツ軍の将校が椅子に掛けて、なにか紙をめくっている。そこに、(服装からしてたぶん)ユダヤ人の囚人が、目隠しをされ、後ろ手に縛れて、躓きながら入ってくる。

 本当に演劇のことにまったく知見がなかったので、はじめ、本当におもしろいだろうか、皆川博子とかけっこう好きだから、モチーフ的にはきらいじゃないはず、でも暗くて見えづらいし、日本語の聞き取り能力にも不安がある、大丈夫だろうか……たのしめるだろうか……と思っていた、と思います。あんまり覚えてないけど。話を聞いていくに、どうもこの将校と囚人とはむかしから知り合い!?待ってちょっと出てくるエピソードがどんどんすごくないですか!?ミステリ?スパイもの?待ってちょっとそういうのだったら私好き、と思っているあいだに、ふたりの会話はどんどん進み、ステージは(暗くてあんまりわからないけど)かなり狭そうだし、からだの動きもかなり少ないのに、と思っているうちに、後ろの壁は黒板で、あっちょっとまってこれ私だめこれむちゃくちゃ好きだちょっと待って待ってこれ……と思っているうちに男男ピエタこれ私大好きです、わかりました、全部わかりました……ってなってしまいました。何の説明にもなっていないけど。モチーフのひとつとして英独間の暗号解読競争があり、映画でいうとイミテーションゲームとか、あるはあるんですけど、そうかふたりしかいないと、こんなに情緒全振りにできるのか……と思って、暗くて見えづらいと思っていたステージの端の方の暗がりも、話に出てきた、大学時代や兄や死体置き場や収容所のほかの部屋などを次々好きなだけ浮かび上がらせることができるようにはたらいており、すご、うわ、すご……と思ったりしたのはたぶんその場でではなくて、初見のときはひたすら圧倒されており、あとこんなこの世の存在する物語でも私が好きそうランキングのかなり上位に食い込むに決まってるものをうっかり教えてもらわなければ逃していたなんて損失がでかすぎる!!!と思っておりました。逃さないで済んでよかった。本当にありがとうございます。

 タイトルは、ナイトエフスリーナイトエフシックスと読むそうです。定石としてはポーンから動かすのが初手一般的なところ、双方ナイトから動かすのは、こじれる試合の傾向が高いみたいのを何かで読んだような気がします。なるほどなるほどという気持ちになります。チェスから始まる話なので私はチェスと呼んでいます。結局配信終了までに二回観ました。あと、チェスのルールをまったく知らなかったので、いま勉強中です。全然わかるようにならないけど。わかったらもう一段解像度が上がるに決まっているので、がんばりたい。

 この舞台に出演しているのは、パラドックス定数劇団員の西原さん(後述)と植村さん(後述)です。本当はよくないのかもしれないけど、その後も別のお芝居で西原さん演じる役と植村さん演じる役が向かい合っているとき、そこになんとなく将校と数学者を見てしまうときがある。見てしまわないときもある。視聴順の影響けっこうあるなあ、と思います。

 

○731(観た日:11/5)

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 戦後間もない1948年のこと。戦中の所業を封印してそれぞれ野道を歩む旧731部隊の面々に、無記名の手紙が届く。そこに記された番地をもとに、旧陸軍軍医学校(たぶん)に、ふたたび7名の関係者があつまる。手紙の差出人はこの中にいるはず。折しも起こっていた帝銀事件の犯人も、あるいは…

 という話だと思うんですけど、本当にしんどかったので、あんまりちゃんと覚えていないです。モチーフとなっている事件は731部隊帝銀事件Wikipediaをみるに、帝銀事件の犯人は731部隊の元所属者なのではという説があるようでした。

 チェスを見たあと、これは腰を据えて見ないといけないし、たぶん絶対信用できる作り手だ、から、モチーフが苦手だからといってみないというのはあんまり作品に対して誠実なおこないではないし、これも修行、見るぞ、と思って、かなり心してみて、それでもやっぱむちゃくちゃしんどくて、実際に舞台上にたとえば残虐な場面が現れるわけではなく、物語はずっと戦後のはなしなので、過去の出来事は彼らの口から語られるだけなんですけど、でも、みえるんだもん、話しているのを聞いていると、ほんとうに……古志水が両手の首にも劣らない幽鬼のようなおもだちで月光の差す廊下をあるいているところ、見てないんですけど、おりおり思い出すようにして頭に浮かんで、うぐ…となります。見終わったとき口の中噛みすぎてずたずたでした。児童書で、やはり731部隊を扱った屋根裏部屋の秘密という本があるんですけど、それをたしか小学校に上がるか上がらないかとかのときに読んで幼いながらに大変衝撃を受けモチーフとして避け続けていたんですけど、でも、では物語としてこのお芝居がどうかというと、これが、もうむちゃくちゃ……むちゃくちゃおもしろいんですよね、思った通り……本当にしんどいけど……

 731に出てくるひとは、全員スーツに眼鏡で、私の人間識別能力的にはけっこうぎりのところだったんですけど、このへんでわかってきたのが、もともと映像作品として作られたものとちょっと違って、はじめから舞台で演じるために作られていると、観客は固定された画角から、場所によってはしかもけっこう遠くて表情の詳細までは見えないことが前提とされているので、みぶりとか、言葉遣いとかで、けっこう個人識別ができやすく、個々のキャラクターも立ててあり、登場人物紹介を見返しまくらなくてもまあまあ把握できるようになっているので、逆に映画とかより人間識別能力低人間にもやさしいのでは……?ということです。実際731はスーツ眼鏡成人男性が7人も出てきたのにあんまり人間の識別にそこまで困らなかったような気がします。すごい。ありがたい。

 731は劇団員4名と、客演でよくでている(たぶん)今里さんも出ているんですけど、そのあとえっ731でこの役だったの?見たはずなのに全然覚えてない…と何度も思いました。けど、もしある程度パラドックス定数のやつを見たあと、劇団員のひとの顔を覚えた頃に731を見ていたら、俳優への好きだな~と思うこころと、それはそれとしてモチーフ的に絶対許せねえと思うこころのあいだで引き裂かれていたかもしれないので、2本目に見てよかったなと今思うと思います。

 

○5seconds(観た日:11/11)

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 平日どまんなかにこんな情緒を揺さぶられる演劇を見ているの、正気の沙汰じゃないですよ。ほんと。視聴中の私が「ほんとに思うがわたしフィクションのおじさんの殻が割れて中身が不本意にびゃあっと出ているシーンがあるお話がほんとに好きなんじゃあ」と言っています。まったく同感です。わりとそういう感じです(ほんとかな)。

 モチーフになっている事件は日本航空350便墜落事故です。これはほんとにまったく知らなかったので、チェスみたいに架空の話かな(アランチューリングについてはさすがにかなりいろいろ読んだことがあったので、チェスがほぼ完全に架空の話であることはわかっていたので)と思っていたんですが、かなり序盤で待ってこれ実在事件か!?と気付き、いったん止めてWikipediaを読んだような気がします。Wikipediaにすごいお世話になっている。このあたりからだんだん、実在事件を扱っているときは元のやつをある程度知っていた方がよさそうだな、ということがわかってきました。飛行機の話なので、私は飛行機と呼んでいます。

 これもチェスと同じく二人芝居で、機長を演じているのは小野さん(後述)、接見を行う弁護士を演じているのは井内さん(後述)です。弁護士は髪型とか服装が731の参道さん(井内さんが731で演じていた役です)と似ていたので、あ、もしかしておんなじひとかな?って気付きました。このへんで、もしやこれらの作品群に出演している俳優のひとはかなりかぶっているのではないだろうかということに気付きはじめます。あたりまえといえばあたりまえかもしれないんですけどそもそも劇団というものが実効的な団体であることも知らず、劇をやっている人間が集まってるときの修飾語…みたいなふわっとした認識だったので……

 これもやっぱすごいしんどいんですが、おんなじふたり芝居でも、チェスとはまた味が違って、どれだけ向きあってもめちゃくちゃ絶望的に遠くて、相手もこちらに向かい合おうとしている意思が見えるんだけど、でもむちゃくちゃ遠くて、最後のフライトのときだけ、こころが通じた、ような感じがするんですけど、でもそのフライトの行くところははじめから決まっているので、……でも8分遅れ、私のせいですか?というところ、ほんとうによくて、ほかが全部ぎりぎりにしんどいのでその一瞬のかわいみが染み渡るし、弁護士の井内さんの、もうかなり限界なのに眉を下げてちょっとだけ笑うところ(これ私飛行機一回しか見てないので私の頭の中で見てしまったやつと区別がつきませんけどたぶんそうだったと思う)が本当に好きです。そして機長の小野さんの、ほんとうにこのひとはこういう人間なんだなあ…って感じの感じが、すごくて。

 やや話がずれますが、私は韓国ノワール映画がめちゃくちゃ好きなんですけど、ノワール映画では取調室に入るシーンがあったらだいたい容疑者か警察かの少なくとも片方は絶対暴れて暴力沙汰になるというフラグなんですよね。言い過ぎかもしれないけど少なくとも8割くらいはそういう流れになります。特に監視カメラを覆ったり、向きを変えたりしたら、ほぼ100%そういう展開になります。なので、機長の手錠を外したとき、これもしや弁護士さんボコボコに殴られちゃうんじゃ…?とわりと本気で思っていて、電話を切られたり、カメラについて言及されたりして、弁護士の日向野さん(という名前)を守っていたはずのいろいろが、ひとつずつ、本当はそうではなかったということが明らかになっていく過程の途中までは、こわい、この機長、日向野さんと比べてすごく背も高いし(本当にそう見えた)、パイロットとかからだ絶対鍛えてるでしょ、勝てないよ……と思っていたんですが、だんだん、机の反対側に座っていても、日向野さんと機長は、おんなじ側に立っている、と思える日もあり、また、やはり絶望的に遠くに立ってい手絶対に理解できないと思える日もあり、……一回しか見てないんですけどもう一回くらいはせめて観たかったって後悔している演目のひとつです。

 本筋とはあんまり関係ありませんが、怪人21面相(後述)のなかで小野さんが演じる役のひとが紙飛行機で遊びながら日航機ですどーん(墜落)みたいなことを言っているシーンがあり、機長!!!うわーー!!!となりました。

 

○ブロウクン・コンソート(観た日:11/16)

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 これはもうあらすじを観ただけで好みど真ん中であることが確約されていました。ノワール映画が好きなので。ヤクザ、銃、殺し屋、警察、あ~~肌なじみがよいな~~!!って感じ。ポスター見てくださいよ。この顔がいっぱい並んでるやつ大好き。期待値100点実際200点みたいな感じでした。これほ~~んと大好き。偏愛しているといっても過言ではありません。偏愛しています。ピエタもあります。好き。チェスは卵から孵ったとき初めて見たので親だと思っているし、馬(後述)とか東京裁判(後述)とか、演劇として、むちゃくちゃ誰にでもお勧めできる、したい、と思う作品はほかにもあるんですけど、一作品だけ抱いて死ねるならブロウクンコンソートを抱いて死ぬかもしれんな……

 工場が舞台なので、私は工場と呼んでいます。配信で観た中ではほとんど唯一、けっこう大規模にセットが組んであって(これはあとからわかったのですが初演の劇場自体がほんとに町工場みたいな見た目のところで、それに近づけるようにしていたのかなと思っています)、舞台はとある町工場「宗谷製作所」の雑多な事務室のようなところ、磨りガラスの扉をがらがら開けて、主人公であるところの宗谷陽彰さんに挨拶したりしなかったり無視したりしながらヤクザとか殺し屋とか警察とかが出入りしてます。なぜならこのすごい普通のおにいちゃんに見えるところの宗谷陽彰さんは銃を作るのがとっても上手なので。いや~~好き。磨りガラスの扉の後ろにもライトがたぶんあって、夕方になればオレンジ色に、夜には暗く、昼間はまぶしく光っていて、これもすごいな、って思いました。セットが少ないときに見せられるもの、セットが(比較的)多いときに見せられるもの、それぞれあって、これもしや、選択肢が無限なのでは…??その無限の中からどうやってこのパーフェクト正解を選び出しているのか??ということに気付きはじめました。舞台装置とか自体もむちゃくちゃおもしろい。

 偏愛しているので、内容についてあんまり冷静にいろいろ考えられないんですが、この主人公の宗谷陽彰さんと、その知的障害を持つ兄であるところの宗谷佳朗さんを演じているのは、5secondsで弁護士だった井内さんと、機長だった小野さんなんですよね。業が深いよ……!!!!!なんでそんなことするの!!!!と(このときもまだ劇団というもののこと全くわかってなかったので)思いましたが、わかったとしても業が深いよって思います。最高。業が深いお話だ~~い好き。よしろうくんは、機長とはまったく似ていませんが(背丈も全然ちがく見えた。本当にふしぎだけど、小野ゆたかさんは演じる役によってまったく身長が違って見えます。なんで。ふしぎ。すごい。)、方向性は違えどとにかく尋常でない演技の凄まじさなので、機長じゃん!ってすぐわかりました。はるさんが弁護士であることは配役をよく見るまで気付かなかったんですけど、だって全然違うひとに見えるので……はるさんも、弁護士も、参道さんもゆらゆらにゆらぐシーンがたくさんありますが、はるさんの揺らぎ方は日向野さんの職業人としての常識とか倫理とかの揺らぎとはもうまったく違ってて、どちらかというと参道さんに近く、はるさん自身が気付いてないけどはるさんもまた周りのヤクザとか警察とかとおんなじくらいむちゃくちゃだから、とてもおんなじひとが演じているとは気付けなかった……

 はるさんが銃作ってハイになっていて、智北が抜海さんにあいつ見てっとほんとおもしろいんだよな、って言ってるところと、一番最後のはるさんとよしろうくんのシーンがすごく好きです。工場ももう一回見ればよかったって思ってるけど、みたらぐちゃぐちゃになるのがわかっているから躊躇しているあいだに配信終了してしまった。一生の後悔。でもあまりにも集中してみていたので頭の中で何回も見ることができます。脳みそがあってよかった。新潟旅行も脳みそで見ることができたらいいのになあと思います。

 

○蛇と天秤(観た日:11/18)

 このへんから配信終了日(11/30)が視野に入り、焦ってきます。ほんとはひとつの演目につき最低一週間は咀嚼期間をとりたいけどそういうこと言ってたら見終わらない。ジレンマです。蛇と天秤はあらすじ読んだ感じ731に近そう、つまりしんどそう、と思っていたのですが、やむを得ずこれもまた平日ど真ん中に見ています。しんどい。

 配信されていた2018年の蛇と天秤は、全員客演の方ばっかりで演じています(おのさんのついきゃす(後述)ではオーディション組の~という言い方をしていたような気がします。そういうこともあるのか)。

 蛇と天秤の登場人物は六人、医者側は大学病院の准教授・助教(たぶん)・研修医の3人、製薬企業側は年嵩の研究員・年若い研究員・MRの3人、という構成です。ところで大変個人的な話ですが私が数年前まで所属していた研究室にたいへん折り合いの悪い上司がいまして、この大学病院の准教授であるところの大城先生の、部下ふたりへの圧迫・脅迫・威圧の仕方が、本当の本当に元上司を激しく彷彿とさせて(すっごく似ているというわけではないですが手口が本当に本当に似ているような気がした)むちゃくちゃ個人的にしんどく、731もしんどいけど、見ている途中で頭が恐怖でひんやりして、ほんとにこればっかりは途中で見るのやめようかともちょっと思ったんですけど、これがまた話は最高におもしろく、人間6人、ちょうどいい人数で、対立構造も信頼関係もブチブチ切れてはどんどん繋がって、このようなひとだと思った瞬間印象ががらりと変わったり、ほんとにおもしろい~~!!!と思いました。結末というかオチの見える具合と見えなさ具合もほんとにちょうどよくて、むちゃくちゃおもしろかったです。大城先生は731の里中先生と似てて(ほんとは似てないかもしれない、私がパワハラするタイプの人間の解像度が荒すぎるだけの可能性はあります)、こわいけど、パワハラとかアカハラとかしてくる人間、実際この程度の多様性だぜ、と思うと、この世でまた似たような人間と出会っても若干対処できるような気がしますよね。気のせいだけかもしれないけど。

 なんらかの目的(医学の発展とか、綺麗な銃を作るとか、暗号を解くとか)に向かったとき、本当にそれ以外のすべてを完全に切り捨ててしまう人物像がむちゃくちゃ出てくるなとこのへんでたぶん気付いたような気がします。そういう人間が出てくる物語、すごい好きだ。

 

○トロンプ・ルイユ(観た日:11/19)

 ここまで、配信7作品のうち5作品を見て、どれもものすごいおもしろさで、チェスとか工場とかはファンアートもちょっと見て、でも、このトロンプルイユ(馬が出てくるので私は馬と呼んでいます)、ファンアートをどうしてだかわからないけど他作品の日でないくらいむちゃくちゃ見る、なんで??ここまでのも本当に心の底からおもしろかったのにもっと人間を引きつけるものがあるっていうのかよ???と思って若干おびえつつ見ました。それで、やっぱり、むちゃくちゃむちゃくちゃむちゃくちゃおもしろかった。本当におもしろかったです。あー、演劇っておもしろいんだあ……って感じの面白さ。6人の人間と6頭の馬が、ページをひっくり返すみたいに、ぱたぱた、と入れ替わって、それでひとと馬との境界線も、くっきり鮮やかに引かれていると思いきや、ついにのっぴきならないとき、じわっと滲んで、でも滲むとわかるんですけど、馬の中にも人、人の中にも馬が、輪郭がはっきりしているときですら少し透けて見えることがある、みたいな、説明できない、観てほしい……見れないけど……なんで……

 トロンプルイユについてはたくさんのひとが言葉を尽くしていると思うのであれですが、私の好きな馬はロンミアダイムです。好き。好き。ほんとに好き。これは小野ゆたかさんを好きだなと思う気持ちとのあいだにはっきりした境界線を引くことは難しいですが(馬の中に人…)、それまでの小野さんの役、わりと気難しかったり、意思疎通が難しそうに描かれていたりすることが多かったところ、ダイムはまっすぐで素直で不器用で自己中心的でどこまでも走っていく、ほんとうにかわいい馬で、う、うう、好きだ……

 パラドックス定数のほかの項では、けっこう犯罪とか戦争とかがモチーフになっていることが多いところ、トロンプルイユは本当に普通の、地方競馬と厩舎が舞台で、馬はすごくかわいいし、人間もかなりかわいい、すごい、こういうのもあるのか、パラドックス定数には……世界広……と思いました。天国みたい。

 

○Das Orchester(いつ観たか覚えてない…)

 このへんのツイートがなぜか検索できず、いつ観たのか思い出せないんですが、配信終了1週間前くらいだったような気がします。

 モチーフになっているのは指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラーヒンデミット事件(これも全然知らなくてWikipediaをめっちゃ読みました。史実がモチーフになっていても史実通りとは限らず、全然違うふうに書かれていることもあるし、この話もそうだけど、やっぱ知識がまったく無よりはわかっていたほうがよい…)です。Nf3Nf6でナチスの将校役の西原さんがここでは(フルトヴェングラーをモデルとした)マエストロの役、Nf3でユダヤ人数学者役の植村さんがここでは(たぶんゲッベルスをモデルとした)ナチスの宣伝相の役、いや、ちょっと、業が深すぎるのでは……とも思いましたがこれが配役の妙というやつでしょうか。そのように思います。西原さんも、ここまでの配信で観た役はNf3の将校と731の古志水で、ところがこのマエストロはマエストロだけどわりとキャラクター造形的には頼れるマエストロって感じというよりはタクトを持ったらだれもが息を飲むけれど、あたりまえだけどオーケストラ運営はそれだけではやっていけない、だから秘書とか、事務局長ともちつもたれつやってきたんだね…って感じで、西原さんのやわらかい声そのままみたいな感じで、こういう役もある…と思ったし、舞台自体も、けっこう段がいくつも組まれていて、段の上と下とで交互に別々の会話が行われる、という演出がわりと随所にあったのだけど、見ている瞬間は歴史の複雑な話をわかりやすくするためかと思っていたけど、見終わって、あ、交響曲……って気付いて、うわ、演出ってそういうことができるのすごいなんでもできるすぎない!!??となりました。あとオーケストラ自体の姿は舞台には現れないのだけど、舞台の袖が明るくなっていて、だから実際には袖の部分がステージで、舞台の真ん中で、私はここで待っています、という秘書官が、ものがたりの中ではオーケストラが演奏する舞台袖にいるみたいに見える…というのが、うわ、すごい、よくできている、いろいろなことができる……と思いました。

 

 このようにしてパラドックス定数オーソドックス7作品を配信で観て、すっかり夢中になり、11月末で配信は終わってしまうけど公式HPによればもっとたくさん公演をこれまでにしてきたはずじゃん、もっとみたいよう、と思った12月、有料配信があるということを知りました。続きます。